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2019/09
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つねヤン
お昼休みに、図書館に行きました。
図書館には車で行ったので、近くの市営の
地下駐車場に車を止めました。

図書館側の出口には、エレベーターが無いので、
階段を登って外に出るのですが、
中ほどにある踊り場に、ダンボールを敷いて
一人の浮浪者が体を丸めて横になっていました。
まさか人がいるとは思ってもいなかったので、
かなり驚きました。
その人を見かけて、私が子どもの頃
『ヘンドのつねヤン』と呼ばれていた人の
ことを思い出しました。

『ヘンド』と言う言葉の正しい意味は
分からないのですが多分『物乞い』と言う意味合いで
使われていたと思います。

つねヤンは性格が大人しい人だったようで、
へんどしながら、ひっそりと町で暮らしていたようです。
容貌と言えば、頭には日本手ぬぐいでほっかむりをし、
ボロを身にまとい、棒の先に小さな風呂敷づつみをぶら下げ
肩に担いで、歩いていたと思います。

ほっかむりをしているので、はっきりと顔を見た人は
少ないと思うのですが、
その風貌から、町ではつねヤンの事を知らない人はいませんでした。

話は変わるのですが、昭和の時代の
お葬式は、自宅でする家がほとんどで、
近所の人がお葬式の出来た家を助けていました。

そして、つねヤンは、どこから聞きつけるのか、
お葬式のある家に必ず現れて、
お葬式の煮しめや香川の郷土料理のばら寿司を
貰うのです。

私の祖父が亡くなった時も、
まかないの責任者を任された近所のおばちゃんが
『つねヤン来るから、お寿司折り箱に詰めといてあげてやぁ~』と
言っていたのを聞いた記憶があります。

そして、つねヤンが来たとき、
叔父が折り箱と小銭を渡していました。
うちの家が葬式と縁遠くなり、
つねヤンの姿を町で見かけることも無くなった頃、
つねヤンが亡くなったと風のうわさで聞きました。

その頃、お葬式の出来た家が、つねヤンに渡していた
ご馳走の詰まった折り詰めや小銭は、
亡くなった人への善行であり、供養の気持ちだったのではと、
今になって、やっと気が付きました。


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プロフィール

しわく

Author:しわく
創業明治34年
今4代目が
「うまず・たゆまず・あせらず」を、
モットーに、元気にお仕事しています。

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